「シンクロニシティI」
from『シンクロニシティ / ポリス』
まるでスタート・ダッシュするかのようにキーボード、ドラム、ヴォーカルの順で、こちらに畳みかけてくる。この部分、通常のCDはぶちまけてしまったようなゴチャゴチャした感じがあり、大音量にするとうるささを感じなくもない。SHM-CDは不思議なほど音が整理されていて、不自然な刺激感がない。すんなりと耳に入ってくる。


「高音質CDとかいっても、そんなに音は違わないでしょ」と怪しむあなた、それは正しい。私もそう思った。
「そう言わずに一度聴いてみてください」とユニバーサル ミュージックの担当者は言う。「CDそのものの素材が違うんですよ」と力説する。「ふつうのCDプレーヤーでもかかるんです」と耳打ちまでする。そうそう無下に断る理由もないので、ある日のこと、会社のマスタリング室におもむいたのだった。
最初に取りだしたのはデレク・アンド・ドミノスの大名盤『いとしのレイラ』、その1曲目。まず通常のCDを聴く。ああ、いいなあ。音じゃなくて演奏が。どうしても気持ちがそっちに行く。
そしていよいよSHM-CDの登場。じっと聴き入ること約1分。
「ちょっと待ってください。これ本当に同じ音源ですか」
「もちろん同じです」
「なにか小細工をしていませんか」
「ほとんどの人がそう言います」
「まるっきり違うじゃないですか」
さあ、それからというもの身を乗り出すようにして、ストーンズやポリス、スティーリー・ダンなどを気持ちよく浴びてしまった。
その変化の具合を大掴みに言うと、音そのものの粒立ちがなめらかで自然になる。自然というのは生っぽいということ。また演奏空間(ステージ)が広がって奥行き感が出る。通常のCDはもっと質感がザラッとしているし、左右スピーカー間に張った幕のなかで演奏しているかのように平面的だ。1枚が3000円だった、一昔前のCDと最新リマスタリグ盤の違いに似ているかもしれない。
誤解されては困るが、ショボかったベースが、いきなり地響きをたてるかのようにガツーンとパワーアップすることはない。覆われていたベールがはがされるという印象だ。ああ、本当はこんなベースだったのか、と目から鱗がポロリなのである。
ところでSHM-CDとはスーパー・ハイ・マテリアル・CDの略。通常CDの素材とは異なるポリカーボネート樹脂系を使っている。素材の透明度が格段に高まった。それを聞いた時、「透明度? それって音質とどういう関係?」と率直な疑問を持った。ところがCDデータは、どうやって読み取られるのかを思い起こすとナゾは解けてくる。
CDプレーヤーはレーザー光を発し、それがCDに当たり、戻ってきた反射光を読み取って、最終的にズジャーンと音楽にする。肝心要のデータが刻み込まれている記録層、実はピカピカしたCD裏の表面にあるのではなく、サンドイッチのハムのように真ん中に挟まれている。つまりレーザー光は、食パンに相当するポリカーボネート樹脂を必ず通り抜けている。しかも往復だ。だからこの樹脂の透明度が上がれば(=SHM-CD)、データはより正確に、より損失が少なくなり、結果的にリアルな音の再生ができるということになる。
スタートしたばかりのこのSHM-CD、ぜひとも世の中に広まって欲しい。できたら世界標準になってもらいたい。本当にそう思う。あまりにも盛大にエールを贈りすぎると、かなり宣伝めいてくるけれど、まあなんでもいい。だって、やっぱり一介の音楽好きとして、すべての音楽はいい音で聴きたい。それは当たり前だ。「ケチ臭いこと言うなー、これからぜんぶSHM-CDで出せー。どうしてくれるー、オレは元に戻れない」。実はこれが本音なんですけどね。
まるでスタート・ダッシュするかのようにキーボード、ドラム、ヴォーカルの順で、こちらに畳みかけてくる。この部分、通常のCDはぶちまけてしまったようなゴチャゴチャした感じがあり、大音量にするとうるささを感じなくもない。SHM-CDは不思議なほど音が整理されていて、不自然な刺激感がない。すんなりと耳に入ってくる。

出だしのギターががっちりしていてベースの沈み込みもいい。驚くほど歪みが少ない。かつてのアナログ盤の音は、マスキングしているかのようにこもっていたが、これは雲泥の差だ。スタートして5秒後に飛び出すタンバリンが、びっくりするほど後方から聴こえる。サウンド・ステージがやっぱり広い。

決定的なのは1分20秒過ぎのサビの部分。「I'll learn to work the saxophone〜」とドナルド・フェイゲンと3人の女性ヴォーカルがハーモニーを聴かせるのだが、重厚でありながら広がりが凄い。通常CDは絡み方が平面的でドラマチックな盛り上がりにやや欠ける。またドラム、ベース、ギターなどの動きが視覚的で、そこに躍動感が生まれている。

まずはイントロのチェレスタに注目。金属を叩いた響きにたっぷりとした余韻があり、しかもピンポイントで小さく定まっている。通常のCDに比べて、にじみがない。またすぐに続くベースも太い音圧がある。ルー・リードのヴォーカルは鮮度が高く、そして生々しい。言うに言われないはかなさが胸に迫ってくる。

カーペンターズはカレンのヴォーカルがどう聴こえるかが、オーディオ的には重要なポイント。もはや演奏は二の次。彼女の顔が、空間にぽっかり浮かんで、目の前で歌っているかのようにフォーカスがぴったりと合っている。そしてそのみずみずしさが最大の美点。誰しもこんな艶かしい声で聴きたいと思うはず。

長年に亘って高音質録音として知られた名盤。左チャンネルの「チーン、チーン」という打楽器の余韻が長いこと長いこと。これだけでSHM-CDの情報量がいかに多いかよくわかる。ベースは太い、低いだけでなく、しっかりとした芯がある。ピアノが柔らかく、ちゃんとしたボディ感がある。これは発見だった。

サックスから入って、すぐさまトランペットが重なるイントロ。その音色に雑味がなく、きっちりと前に飛び出してくる。続くヘレン・メリル「You'd be so nice〜」のハスキー・ヴォイスは、ブルーではあるけれど、ピチピチとした25歳の若々しさが宿っている。通常CDは、少し沈んだように曇っていて、やや張りに欠けているように聴こえる。

ジョニー・ハートマンのセクシーなバリトン・ヴォイスがびっしょり濡れる。デジタル臭さ・ギザギザ感が取れて、滑るようになめらかな発声。たまらない。一方の雄、コルトレーンのテナーもヴォーカルを包み込むように温かい。名録音エンジニア、ルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオに適度な響きが認められ、その空気感が心地好い。

通常のCDとSHM-CDを比べると、演奏以前にわき起こるお客さんの拍手が違う。SHM-CDは圧倒的に会場が広く感じる。司会者の声も微細なエコーがよく聴き取れる。メンバー紹介の後に、トリオの3人がなだれ込むようにして絡み合うのだが、その立ち位置も明確、また音そのものがシャープだ。

ドラマーの「スッコン、スココン」と繰り返されるボサ・ノヴァのリズムがくっきりと明快。続く中低域をたっぷり含んだトランペットは、あいまいに拡散せずにキリリとまとまっている。通常のCDに比べ、右スピーカーから聴こえるベースはぐっと骨太になり、バック演奏に徹しながらも、よく歌っている。知らなかった。バリトン・サックスは強壮剤を打ったかのように血気盛ん。

『のだめカンタービレ』の影響か、今やベートーヴェンの中で最も人気の高い交響曲となった第7番。数ある名盤の中でも頂点にあると言えるのがこの1976年録音のC.クライバー盤だ。第4楽章冒頭のトゥッティの輝かしい響き、主旋律を奏でるヴァイオリンの躍動感、ホルンの咆哮、全てが通常盤に比べ、より生き生きと鳴り響く。クライバーのあの華麗な指揮ぶりが目に浮かぶようだ。そして、よりふくよかとなった音像は、やはりオーケストラがウィーン・フィルであるということを再認識させてくれる。『のだめカンタービレ』の影響か、今やベートーヴェンの中で最も人気の高い交響曲となった第7番。数ある名盤の中でも頂点にあると言えるのがこの1976年録音のC.クライバー盤だ。第4楽章冒頭のトゥッティの輝かしい響き、主旋律を奏でるヴァイオリンの躍動感、ホルンの咆哮、全てが通常盤に比べ、より生き生きと鳴り響く。クライバーのあの華麗な指揮ぶりが目に浮かぶようだ。そして、よりふくよかとなった音像は、やはりオーケストラがウィーン・フィルであるということを再認識させてくれる。

2008年に生誕100年を迎えるカラヤンの名録音。1969年の夏、ベルリンではなく、スイスの避暑地サンモリッツで録音されたもの。同じCDに収録されているレスピーギの《ローマの噴水》《ローマの松》(ベルリン、フィルハーモニーでの1977年録音)がやや硬めの音なのに比べ、もともと柔らかな音なのだが、SHM-CDで聴くと、ベルリン・フィルの弦のソノリティーの秀逸さがよりいっそう際立つ。録音場所の違いが明らかに感じとれるのだ。2008年に生誕100年を迎えるカラヤンの名録音。1969年の夏、ベルリンではなく、スイスの避暑地サンモリッツで録音されたもの。同じCDに収録されているレスピーギの《ローマの噴水》《ローマの松》(ベルリン、フィルハーモニーでの1977年録音)がやや硬めの音なのに比べ、もともと柔らかな音なのだが、SHM-CDで聴くと、ベルリン・フィルの弦のソノリティーの秀逸さがよりいっそう際立つ。録音場所の違いが明らかに感じとれるのだ。

SHM-CDの特徴として、より残響が美しく感じ取れる点がある。ポリーニ若き日の不滅の名盤、ショパンの《練習曲集》を聴き比べるとそれが顕著だ。この《革命》での冒頭のハ短調の強打和音の瑞々しさ、それに続く下降旋律の濁りのなさ、強音と弱音のコントラスト!全て残響が絶妙の効果を発揮している録音だ。LP発売以来25年、何度もこの名盤を聴いてきたが、正直、こんなに残響の多い録音とは思わなかった。SHM-CDの特徴として、より残響が美しく感じ取れる点がある。ポリーニ若き日の不滅の名盤、ショパンの《練習曲集》を聴き比べるとそれが顕著だ。この《革命》での冒頭のハ短調の強打和音の瑞々しさ、それに続く下降旋律の濁りのなさ、強音と弱音のコントラスト!全て残響が絶妙の効果を発揮している録音だ。LP発売以来25年、何度もこの名盤を聴いてきたが、正直、こんなに残響の多い録音とは思わなかった。

SHM-CDで聴く弦楽四重奏の音はまた格別だ。1975年録音の名盤《ます》の演奏の素晴らしさは今さら言うまでもないが、改めてその奥深さを知った。かつて『鋼鉄のピアニスト』と謳われたことが嘘のような、ギレリスの柔らかなピアノ・ソロで始まり、団員一人ひとりの息遣いがわかるようなアマデウス弦楽四重奏団のふくよかな演奏が絡む。もちろん、柔らかなだけではない。曲も後半になると、彼らの本当の凄さがわかる。アマデウスがこんなに凄みのある演奏をするとは不覚にも今まで気づかなかった。通常盤に比べ、演奏者の位置が1、2歩手前で演奏をしている印象さえする。この演奏の真の凄さがわかった。SHM-CDで聴く弦楽四重奏の音はまた格別だ。1975年録音の名盤《ます》の演奏の素晴らしさは今さら言うまでもないが、改めてその奥深さを知った。かつて『鋼鉄のピアニスト』と謳われたことが嘘のような、ギレリスの柔らかなピアノ・ソロで始まり、団員一人ひとりの息遣いがわかるようなアマデウス弦楽四重奏団のふくよかな演奏が絡む。もちろん、柔らかなだけではない。曲も後半になると、彼らの本当の凄さがわかる。アマデウスがこんなに凄みのある演奏をするとは不覚にも今まで気づかなかった。通常盤に比べ、演奏者の位置が1、2歩手前で演奏をしている印象さえする。この演奏の真の凄さがわかった。

最後に声楽作品を一つ。宗教音楽の最高傑作とされるマタイ受難曲だ。その決定盤として、録音以来50年近くたった今なお高い評価を得ているリヒター盤から冒頭の合唱。2群に分けられた合唱と、少年合唱によるコラールが絡み合う、感動的な合唱である。ただでさえ合唱の録音は難しいとされるが、オーケストラと合唱が立体的な空間を作り出すこの作品はさらに難しいはず。より純度を増したこのSHM-CDで、この名盤の素晴らしさを再認識した。ミュンヘンの名ホール、ヘルクレスザールの残響は独特だが、まるでこの作品を録音するために設計されたのではないか、と思えてしまうほど、実に深みのある録音なのだ。特に第2群の合唱が「だれを?(Wen?)」と強く叫ぶ部分の切実さは圧巻だ。最後に声楽作品を一つ。宗教音楽の最高傑作とされるマタイ受難曲だ。その決定盤として、録音以来50年近くたった今なお高い評価を得ているリヒター盤から冒頭の合唱。2群に分けられた合唱と、少年合唱によるコラールが絡み合う、感動的な合唱である。ただでさえ合唱の録音は難しいとされるが、オーケストラと合唱が立体的な空間を作り出すこの作品はさらに難しいはず。より純度を増したこのSHM-CDで、この名盤の素晴らしさを再認識した。ミュンヘンの名ホール、ヘルクレスザールの残響は独特だが、まるでこの作品を録音するために設計されたのではないか、と思えてしまうほど、実に深みのある録音なのだ。特に第2群の合唱が「だれを?(Wen?)」と強く叫ぶ部分の切実さは圧巻だ。
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